「あれ?」
神父さまは戸棚を開けたまま、口もぽかんと開けて、間の抜けた声を出した。
たっぷり3分はこの不可解な現象について考えたあと、もっとも疑わしい人物を呼ぶことにした。
「ヴィゴ!!」



「今日くらいワガママ言わせてくれてもいいじゃないですか!だって、今日は俺の誕生日なんですよ」
「・・・そんなことで、お前の勝手が許されるのか」
カールの故郷では秋の終わりだけれども、ここでは夏がはじまる頃で、草木も活き活きと萌え、太陽は日差しを強くし、若者たちははじける6月なのだった(ということにしておいて)。そんな明るい空気も一瞬にして凍るような、ディヴィッドの低い声が、カールを怯ませる。だが、今日のカールはいつもの彼ではなかった。ちょっとばかり強引で、そして怖いもの知らずだった。それも、その手に握られた招待状があるからだ。
「だって、ほら、ちゃんとショーン神父さまから正式にお招きいただいてるんですよ。いつもみたいに、お茶の時間に調整してお邪魔するのとは違うんですってば!」
本当はディヴィッドだって、行きたくないわけではなかったのだ。事情は明記できないけれども、とにかく大好きな神父の元へ行けるチャンスはどんなものでも逃さない。ただ、使役人であるカールが主導権を握っていることと、カールの元へ届いた招待状に「よかったらディヴィッドも一緒に」と書かれていたことが気に入らないだけだった。

 ぶつぶつ文句を言うディヴィッドを引っぱって、カールは時間ぴったりに教会についた。
「こんにちわー!」
勝手知ったる神の家。遠慮なしにずかずかと入っていったカールを神父は引きつった笑みで迎えた。
「お招きありがとうございます!」
「ああ、ようこそ・・・えぇっと、そこにかけて待っていてくれるかな」
なにやら動揺している神父には全く気付かず、カールはディヴィッドと共に腰掛ける。もっとも、神父が妙に慌てていたり、おかしかったりするのはある意味いつものことだ。
 神父は大急ぎでキッチンに戻り、もう一度(もう5度目だったが)戸棚を覗き、いつまでも現れない容疑者をまた呼んだ。
「ヴィゴ!いないのかい?」



 そんな騒ぎも届かない、神父のプライベートルーム。その机の隅で、しくしく泣いている生き物がいた。
「ひ、ひど・・・どうして・・・」
肩を丸め、耳も少し寂しげなその生き物は、教会に住む妖精の1人(1匹?)だった。
「かある、いいかげんにしろよ」
ゼッタイに泣かない子も泣き出すだろう声を発したのは、妖精と言うより天使なディー。
「・・・だって・・・るしが・・・」
「べつに、なかまはずれにしたわけじゃないって」
「・・・るし、ついていこうとしたらおこったんだ・・・」
ディーがいくら付き添っていても、泣き止みそうにないカールだった。



 噂のヴィゴと“るし”は、かれこれ15分睨みあっていた。お互いに口を開かず、間に置かれたものを見つめて、相手がどう出るかを見守っているのだ。
 しかし、“るし”ことルーはそろそろ限界だった。唐突に、目の前にあるそれに跳び付こうとした。それをヴィゴはすばやく押さえて、摘みとる。
「あぁー!!」
悔しそうな声を上げたルーは、涎を飲み込んだ。多分、ルーが口をきかなかったのは、それがあまりに美味しそうで、涎が零れそうだったからだろう。
 問題の『それ』。
 それこそ、神父が30分も前から探している、カールの誕生日ケーキだった。
「食べたいのか?」
ヴィゴは摘み上げたルーに尋ねた。ルーはふるふると首を振る。
「それは、かる、の」
言いながらも、視線はケーキの上に乗せられた砂糖漬けのチェリーにくぎ付けだ。
「盗んできたのか」
にやり、と笑いながら、ヴィゴはルーを下ろす。ルーは忘れていた。ヴィゴもルーに負けないくらい、甘いものが好きだということを。
「だめ!かるにあげるんだ」
ルーは小さな体で必死にケーキを守る。甘いクリームの匂いが、ルーを誘惑したけれど。

「ヴィゴ!」
突然ドアを開けて神父がやってきた。ルーは絶望的な顔で、懇願するように神父を見上げる。
「なんだ、そんなところにあったのか。それは、ダメなんだよ、ルー」
優しく諭そうとするが、ルーは頑なに首を振る。
「かる、たんじょうびなの。かるのけーき」
「はっはぁ。そういうことか」
優しい神父さまはすぐに事件の真相を見破って、ルーを手に乗せた。
「よし、一緒にパーティしよう!」



それからカールもディーも呼ばれて、4人と3匹?のお茶会は楽しく賑やかなものになったのだった。