会議で会えるに違いない。そう思っていたボロミアは、忘れ物にもそう動揺はしなかった。人間でありながらエルフのような装いをしているということは、人間の代表としてやってきた人物ではないのだ。あるいは、服を借りねばならぬほど、酷い状態でやってきたか。さすらい人と言っていたが、情報交換などで日頃から出入りがあるのだろう。夜明け近くまで他人の部屋に居て、そのまま発つとは考えがたい。彼はさすらい人として会議に招かれたのだ。
勝手にそう判断して、物入れにそれを忍ばせた。
「こちらに」
そう示された椅子に座り、周囲の様子を窺う。すでにドワーフが何人か席に着き、内輪の噂話をしていた。エルフは一様に優雅な仕草で揃って入ってきた。続くように馳夫がやってきて、顔見知りらしいエルフに目礼をする。ボロミアはそれを少し観察してから、彼の元へ寄ろうと腰を上げたが、叶わなかった。見知った顔が現れたからだ。ミスランディアは一人の少年をまるで庇うかのように連れており、彼が座るのを見守ってから、自分もようやく腰掛けた。その時になって、少年が思ったよりも若くはなく、ただ身体が人間に比べて一回りも二回りも小さいのだと気付いた。
最後に裂け谷の主であるエルロンドが瓜二つの息子たちを伴なってきて、会議の開始が宣言された。
『小さき人』
『イシルドゥアの禍』
謎が一気に解けて、ボロミアは興奮気味だった。前夜からの出来事も相まって、気付けば調子付いていた。一夜で聞き覚えてしまった独特の声に諭され、ついカッとなる。
「さすらい人が何を知っていると?」
「彼はただのさすらい人ではない」
そう言いながらすっと立ち上がったのは、先ほどから彼をちらちらと見ていたエルフだった。気に触るエルフだ。そう思う間も一瞬で、ボロミアはさらなる衝撃を与えられることになった。
「馳夫という名前も素敵ではあるけれど、彼にはアラソルンの息子アラゴルンという肩書きがある。そう、君たちが仕えるべきひとだ」
瞬間、ボロミアの中を駆け巡ったのは、敬意でも不信でもなく、裏切られたという感情だった。馳夫、いやアラゴルンが、ボロミアの解せぬ言葉でエルフを宥めたことも、それを増長した。
「ゴンドールは王を抱かぬ国だ。現に王が導かずとも存在している」
そうだ、継ぐべき玉座など、もうあってもないに等しい。
その時、ふたりの視線が冷たく、そして熱いものとなって絡み合った。どちらからも視線は外せず、二呼吸ほどの間が長かった。
ミスランディアの発言で会議は進展し、九人の仲間で旅立つことが決定した。その間ボロミアの頭を支配していたことは、昨夜の驚くべき出来事であった。彼を王として認めるか否かは別問題としても、その人を組み敷いた事実には変わりない。
自然、初対面の者同士の交流の時間になったが、アラゴルンを知らない者はほとんどいないらしいのがかえって気まずく、結局忘れ物どころか昨夜のことに触れることもできなかった。小さき人の好奇心の集中砲火を受けている間に、アラゴルンはエルフに呼ばれて立ち去ってしまった。
食事の時間が近付くとホビットもじゃれあうように出て行き、一同も散った。ボロミアはふと思いついて、残っていたエルロンドを引き止めた。
「エルロンド卿」
「なんだね?」
底なしのような瞳に微かな恐怖を覚えながら、ボロミアは尋ねる。
「アラゴルン殿はよくこちらに来られるのか」
エルロンドは一瞬どう答えるか迷ってから、真実を話した。
「その通り。この裂け谷でお預かりしていた。・・・もっとも、引き取り手もいないようだが?」
遠回しに己れの発言を皮肉られて、ボロミアはペンダントを取り出した。
「これを」
「何故そなたがこれを!?」
エルフらしからぬ動揺に、ボロミアはもしや、と疑う。もしや、この方と彼はただならぬ関わりなのではないか。
「今朝方、これをわたくしの部屋にお忘れになられたので、卿からお返し頂ければと」
「どなたに返せばいいのだね?」
隙があったのはほんの一瞬で、エルロンドはすぐさま冷静に問い返した。互いの求める答えがすれ違っていることに気付けないまま。ボロミアにしてみれば意地の悪い問い。その名を告げたくはなくて、
「さて。わたくしとしてもお預かりしていただけのこと。引き取り手のないものであれば、貴方にお渡しいたしますよ」
言い捨てて足早に立ち去った。
一方的に募っていく苛立ちが、身体を押す。静止していることの出来ない、渦巻く力。
彼を真っ直ぐに見つめる真っ青な瞳が。
彼が躊躇いもせずに膝を折ったことが。
自分だけが、何かに遮られているような気がすることが。
私の中で膨らんでいって。
私に、絡みついていく。
続く・・・
水月綾祢 ■なんだかすごく中途半端なとこで終わってますが・・・(汗)しかもボロアラじゃないし。それにしてもボロミア、義父さんにそんな口をきいていいのでしょうか。しょうがないか、ボロミアにとってはこの世の男のごく一部をのぞいて全てライバルみたいなもんだもんね・・・(笑)
■というわけで、言葉を選ばずにいえば、一回ヤっただけで亭主ヅラしているボロミア編です。本人自覚していないので、そう見えなくても、そうです(笑)だってほらいっぱいいっぱいだもん。せっかく色々と美しい裂け谷に来ているのに、今日は周囲の景色を眺める余裕もなし。情景描写をするのが面倒だったわけじゃないですよ!(力説)ただ、ただの野伏だと信じていたときは、ふたりの間にはなんらかの結びつきがある(もしくは生まれた)と思っていたのに、実際にはその人は皆に熱い(笑)視線を送られるひとで、それに応えず小さいのに剣を捧げちゃって、しかも誰よりも自分と関わりが深いはずなのに仲間はずれにされている気分・・・。
■タイトルは『父と子』なのに何故英語の副題が『父』だけなのかと申しますと、この『子』には息子と娘両方の意味があるからなのですね。エルロンドとアルウェン、そしてエステル。さらにゴンドールの息子という意味もこめてます。さらに言えば、父祖(=エレンディル)あたりも入れたいところです(そうするともうfatherでもないが)。
■レゴラスとかエルロンドは普段書いたことがなくて、しかも映画と原作、書き手によっても口調が変わってくるので苦労しました。結局今回も内容的に英語のスクリプトから勝手な解釈をいれて意訳した、という感じなので、口調もノリで強行突破しましたが。
■続き。頑張って早く書きたいものです。区切りがよかったのがここなので切ってしまいましたが。アルウェンとアラゴルンのシーンは早く終わらせてしまいたい。