それはさらさらと音をたてて、アラゴルンの肌をすべり落ちました。
そしてかれはそれを大きな手のひらで受け止めると、元通り輪にしてそばにあった銀色の枝にさげたのです。
ボロミアは、かれがただそれだけを身につけている姿もまた魅力的だと思いましたが、実際にその胸に輝いていたら己は気後れするだろうと黙っていました。それに白い宝石の光より、アラゴルンの胸元の方がまばゆい美しさだとも思っていたのでした。
「ボロミア」とアラゴルンは促すように呼びました。それはまるですっかり準備が整った合図のように、ボロミアには聞こえたのです。そしてそれはまったくその通りでした。アラゴルンは帯を解き襟元は大きく開いて、いつもは厳しいその野伏の瞳も、今は朝露を受けた木の葉のように伏せられていました。エルフのような美しい姿とも言えます。
ボロミアはいよいよ辛抱できなくなって、その腰を抱き寄せ、露わになった肩と首にたくさんキスを降らせました。その度にエルフの石は微かな吐息を吐き、胸と肩を上下させました。
外では夜番が回ってくるので、ゆっくりと眠ることもできませんでした。僅かな休息で疲れを癒さなくてはならないので、体力を消耗するような行為にも及べません。しかしここでは、安心して休むことができます。そしてアラゴルンが上着を脱ぎ、離さず身に着けているものを取り去ったということは、ボロミアには大変嬉しいことを示していたのでした。
「構わないのか?」
確かめるように、ボロミアは言いました。辺りには黄金の木が見られるだけで、仲間たちはそれぞれエルフたちと出かけています。それでも、かれには自信が持てませんでした。ただし、たとえここで拒まれても、もう引き返すことはできなかったでしょう。
「ボロミア・・・」
アラゴルンはもう一度、今度は甘く囁くように呼びました。その口をボロミアは強く塞いで、腕に力を込めました。
*これ以下、普通の文体で続きます。内容はさらに・・・。*
ボロミアはたまらなく心を乱されていた。追悼の歌声が彼を追いつめる。
それはガンダルフを悼む声なはずだ。
―― それなのに、何故・・・?
どうしようもない焦燥。迫られるままに、彼はアラゴルンにそれを向ける。上体を横たえると、盾を握るための手がやさしい荒々しさで胸を探り、剣を掴む手はそっと足の間に置かれた。すいと撫で上げると身を重ね、頬に手を添えて再び口づける。
侵略してくる舌に呼吸を乱されて、アラゴルンは甘い呻きをもらした。皮膚を通して互いの力強い鼓動を感じる。
「お前のこの身体に、イシルドゥアの血が流れているんだな・・・」
唇を僅かに離してボロミアは感嘆の声を上げた。だが、アラゴルンは、むしろ穢れた罪の血が流れていることを指摘されたようで、羞恥と暗く迫る不安に身を震わせた。それは、たちまちのうちに彼の体温をあげる。
「ふたりで帰ろう・・・必ず・・・」
自らに言い聞かせているようにも聴こえる呟きは、アラゴルンの身体中に染み透る。しかし、彼は何も答えなかった。ボロミアが肩口に崩れるように顔を伏せ、頬を寄せた。耳元で呟かれた思いも寄らない言葉に、アラゴルンは息を呑んだ。
「愛している・・・」
彼は野伏であったから、男と身体を交えたことは幾度もある。彼自身には大して関心があったわけではないが、己がそう扱われることに抵抗があったわけでもなかった。出立前の裂け谷で身体を重ねたのも、戦場でよく起こりうることだと認識していたのに。
気に入らないのだとばかり思っていた。
だから、懐から旅人の持ち歩く薬を取り出したときは、心底驚いた。エルフと交流のあるアラゴルンには見慣れたものだが、ゴンドールではかなり貴重なもののはずだ。
「勿体無い・・・」
思わず呟くと、それを指にまとわせながらボロミアは答えた。
「すまん。・・・あまり・・・待てそうにない」
ぐいと押し込まれて、思わず身体が強張った。それを察したのか、ボロミアは焦らすように入り口を撫でてくる。日頃グローブをしているせいか、彼の皮膚はそれほど堅くなっておらず、やさしく、だが力強くアラゴルンを侵略していった。
ボロミアの熱いものが押し入ってきて、アラゴルンはこれまでと違った感覚に動揺していた。処理行為としか思っていなかったのに、初めて猛烈な快感をおぼえた。そのまま馴染むのを待つやり方も初めてだった。ぐいと奥まで収めてから、身を伸ばし口づけられて、先を求める心が生まれた。エルフの姫を手に入れること以外に、情熱を持ったことがなかった彼は、ここで渇望という言葉を知った。かの姫の心を手に入れたこのロスロリアンで。
ゆるゆると動かれて、アラゴルンは喘ぎ混じりに囁いた。
「Onuvan i-estel.」
その意味こそわからなかったが、その甘い囁きはボロミアを陥落させるに十分であったらしい。激しくなる動きにアラゴルンはたまらず声を上げた。これもなかったことだった。
ロスロリアン滞在の一月余りを、心休まることのない日々での飢えを満たすように、共に過ごした。
ホビットたちはこの地を、まったく種類は違うものの故郷と重ねて楽しんでいるようだった。レゴラスはギムリを連れ歩くのに夢中であったし、残された人間ふたりにはこれ以上ない環境はなかった。フレトへ登れば、他のところからは姿は見えなかった。
心までは譲り渡さないはずの孤高の存在は、この月日のうちに崩れ去った。この地には、気高いものを揺るがす、不思議な力がある。
自らの生命の終わりなど、考えたこともなかった。終わらせる気などない。望みを叶えるその日まで。
望みは・・・
民を救うこと。かの地を平安で満たすこと。
そして・・・素晴らしき王の御手で、すべてが導かれていくこと。
願わくば・・・その傍らに立つことが許されますよう。